三重県鈴鹿市出身の植田和宏さんは、東京・目黒でオーダーメイドのフレンチレストラン「Comme tu veux(コムトゥヴ)」を営んでいます。
お客様一人ひとりの好みに合わせてコースを組み立てるスタイルは、妻・芽依さんとの日々の暮らしから生まれたものでした。
フランスの一つ星レストランで腕を磨いた経験を持ちながら、故郷・三重の食材を積極的に料理に取り入れる和宏さん。そこには、ふるさとの魅力を伝えたいという想いも込められています。
| 植田和宏(うえだ かずひろ) フレンチレストラン「Comme tu veux(コムトゥヴ)」オーナーシェフ。三重県鈴鹿市出身、四日市西高校卒業。東京都目黒区で妻・植田芽依さんと店を営む。名古屋のホテルでフランス料理を学んだ後、渡仏。ミシュラン一つ星レストランで肉・ソース部門のシェフを務めた。「RED-U35」でブロンズエッグを受賞。 |
原点は、少年時代の台所

和宏さん:僕は片親家庭で育って、母親が仕事で忙しかったので、帰ってくるのはだいたい夜の6〜7時でした。
昼に食べたご飯が夜にも出てきて、翌朝もまた同じご飯です。しかも、母の料理はびっくりするくらい味が薄かった(笑)。
お小遣いは月500円くらいでしたが、それもほとんど食べ物に使っていましたね。
食事は毎日のことですから「どうしたら、ご飯をおいしく食べられるんだろう?」と考えて、自分で料理をするようになったんです。
電子レンジで卵を溶いて薄焼き卵を作ったり、チャーハンにケチャップとチーズを入れて、その卵で包んでオムライスにしたり。今思えば、そうやって自分なりに工夫していたことが、料理の原点だったんだと思います。
厳しさの奥にあった、恩師のまなざし
和宏さん:料理の世界に入ったのは16歳のとき。四日市の百貨店に入っていたイタリアンレストランでアルバイトを始めたのがきっかけです。そこのシェフは昔ながらの厳しい人でした。
毎日、始業1時間前には店に行き「料理を教えてください」とお願いして、技術を教わっていました。
怒鳴られることもありましたし、殴られるんじゃないかと思うくらいの勢いで叱られたこともあります。それでも、僕は父親がいない家庭で育ったのもあって、そんなふうに真剣に向き合ってくれる大人は初めてでした。自分にとって、父親代わりと思えるくらいの大きな存在です。
フレンチの道に進んだのも、そのシェフに勧めていただいたことがきっかけです。
「成功するわけがない」と言われた渡仏
和宏さん:それから名古屋のホテルでフレンチの基礎を学んだ後、フランスに渡りました。
「そんな田舎者が成功するわけがない!」と周りから何度も言われました。でも、生まれなんて関係ありません。
どこに行っても僕は僕。真剣に料理と向き合うだけです。

実際、現地ではミシュラン一つ星のレストランで、肉とソースを担当する部門のシェフを任せてもらいました。
ちなみに、向こうでは「h」と「r」の発音が難しくて「かずひろ」だと名前がうまく伝わりません。もともと妻が僕を「かずお」と呼んでいたので、そのまま「かずお」で通すようになりました。
芽依さん:私がいつも「かずお」って呼ぶから、日本でもけっこう本名だと勘違いされていますね(笑)。
妻の好き嫌いから生まれた、あなたのためだけのコース

和宏さん:フランスで経験を積んだ後、日本に戻ってきて、妻と一緒に東京・目黒で「Comme tu veux(コムトゥヴ)」をオープンしました。
オーダーメイドのコンセプトが生まれたきっかけは、妻の好き嫌いでした。
記念日に少しいいレストランへ行っても、僕はフルコースをそのまま楽しめるのに、妻だけ特別対応。二人で同じ料理を楽しむことができません。そもそも予約を断られる店もあって、困っていました。
それなら、いっそ自分で作った方がいいと思って、妻の誕生日に好きなものだけを集めたコース料理を家で作ってみたんです。それがすごく喜ばれて「これはお客様にも提供できるんじゃないか!」とひらめいたのが、今の店の始まりです。


店名の「Comme tu veux」は、フランス語で「あなたの好きなように」という意味です。
芽依さん:私、本当に好き嫌いが多くて……
イタリアンもフレンチも、実は結構つらいメニューが多いんです。だから記念日に外食するたびに、どこか申し訳ない気持ちになっていました。
彼が好きなものだけでコースを作ってくれて、本当にうれしかったんです。
四日市の魅力を全国の人に知ってもらいたい
和宏さん:僕は鈴鹿市生まれですが、どちらかというと四日市寄りの地区でした。学生時代は、四日市の高校に通っていたこともあって、第二の故郷と言っても過言ではないかもしれません。
うちでは、四日市の海水を使った料理も出しています。海水を沸かして、三重県産の豚ヒレ肉を漬け込んでから火を入れる料理です。器には海をイメージした萬古焼を使い、水沢のかぶせ茶を料理に取り入れることもあります。
四日市の海というと、公害で汚れているイメージを持つ方もいると思います。でも、今はもうすっかりきれいになっていて、砂浜にはウミガメが来るほどなんです。
最近は「リジェネレーション(再生)」という言葉が注目されています。文化や歴史も含めて、社会に貢献していこうという考え方です。四日市は空気も海もきれいになったのに、昔から残るネガティブな印象だけは、まだ変わっていないと感じます。
だからこそ、コムトゥヴの料理を通して、この地域の良さをもっと伝えていきたいです。
芽依さん:三重県には、まだまだ知られていない魅力がたくさんあります。そういうものを、私たちなりの形でもっと発信していけたらいいなと思っています。